2022.06.20       Topic

「始皇帝 天下統一」

現代から見た始皇帝時代のロマン

王朝陽=文

 今年は日本でも中日国交正常化50周年を記念した様々な催しが行われるが、京都、静岡、名古屋、東京で1年をかけて巡回する特別展「兵馬俑と古代中国〜秦漢文明の遺産」の京都展では、春秋戦国時代を題材にした歴史漫画『キングダム』と連動した特設展示を設け、多くの若い来場者を呼び寄せている。2015年に東京国立博物館で行われた特別展『始皇帝と大兵馬俑』は4ヶ月近い会期にのべ約40万人が訪れたという。

 中国の歴史ドラマシリーズ『大秦帝国』の最終作『大秦賦』が、『始皇帝 天下統一』の日本語タイトルで昨年11月25日にWOWWOWで放送開始した。

遥か戦国時代と秦王朝の歴史的魅力は、こうした賑わいからも見て取れる。最近では『キングダム』を改変したアニメや映画も公開され、日本での春秋戦国時代熱は高まるばかりだ。

『始皇帝 天下統一』日本向けキービジュアル。日本ではWOWOWで昨年11月25日から放送開始。総制作期間8年を費やした全78話の歴史超大作
(写真提供・株式会社フォーカス ピクチャーズ)

始皇帝の魅力は二面性を持つ人柄

 『始皇帝 天下統一』のドラマ放映権を買った株式会社フォーカスピクチャーズのトップ・仲偉江さんは「『キングダム』人気のおかげで、秦王朝と始皇帝がテーマの作品が日本で放映しやすくなったことは確かです。が、日本では春秋戦国時代の知名度が元々高く、『論語』などこの時代に生まれた諸子百家の著作は良く知られており、一部の内容を暗唱できる人もいるほどです。こうした土壌が『キングダム』などの優秀作が生まれるきっかけを作っています」と分析する。

 仲さんは日本の映像業界に長年関わり、1990年代から中国映画やテレビ番組を日本に紹介し続けてきたが、今回の『始皇帝 天下統一』の放映権獲得に際しては周到な「予習」を行ったと言う。

 「『始皇帝 天下統一』は秦国の台頭と7つの王国の統一を描いたテレビドラマシリーズ『大秦帝国』の最終作で、シリーズ全体が制作内容と歴史考証の優秀さで知られており、これは私が放映権を買った最大の理由です。このように重厚な歴史を語るテレビドラマは持続的に視聴者を獲得できるし、放送終了後も他のプラットフォームでの放映やDVDコレクションの販売が期待できます」と語る。「特に今回の『始皇帝 天下統一』は、秦の始皇帝に焦点を当て、戦国時代末期の国盗り合戦と秦王朝成立の歴史が描かれています。始皇帝は日本人もよく知っている通り、今も議論が絶えない魅力的な歴史上の人物ですから、私はあえて邦題を『始皇帝 天下統一』としました。これは始皇帝にまつわる物語であるということを際立たせれば、視聴者の注目を集めることができると考えたからです」

始皇帝は中国を統一し、2000年以上にわたる中国の政治制度の基礎を築いた最初の君主であり、その功績は日本でも数多くの議論を招いている。

 『中国の歴史:始皇帝の遺産』の著者で秦漢史を専門とする鶴間和幸さんは、秦国や始皇帝がテーマの映像作品の監修に数多く携わり、『始皇帝 天下統一』の日本語字幕の監修にもあたった。日本人にとって始皇帝とは、皇帝としての強権な一面と人間的な一面を併せ持つ人物だと鶴間さんは見ている。

 「敵国だった趙国の国都・邯鄲で産まれた始皇帝は、秦国の人質として幼い頃いじめられたと言われます。こうした苦労は他の皇帝には見られないもので、同時に彼の政治的な決断にも多くの影響を与えました。例えば趙国攻撃の戦略や、七国を再統一した後に各地を巡行したことなどです」と鶴間さんは説明。「研究者の視点で深堀りするほど、歴史は人間のドラマだと感じます。今は必然と思えることも、当時の人々にとっては様々な選択肢があったのでしょう」と歴史を知る魅力を語る。

「人間」始皇帝の魅力に着目

 鶴間さんは巡回展「兵馬俑と古代中国〜秦漢文明の遺産」の監修もつとめているが、多くの中国史ファンを惹きつけたこの巡回展は、始皇帝本人の探求にも焦点を当てており、さらに等身大で表情豊かな兵馬俑はもちろん、漢代の墓から出土した50センチほどの目鼻立ちがはっきりしない陶俑も展示されている。

嫪毐の反乱の描写は、監修を務めた鶴間和幸さんに大きな感銘を与えた。後世には始皇帝の母であ る趙姫の愛人という固定概念があるが、 実際の嫪毐は多くの秦国の高官が追随 し、その勢力は丞相の呂不韋にも匹敵したと言われる。鶴間さんは『始皇帝 天下統一』を、史実に忠実で秦国内のこの反乱についてもしっか りと描写していると評価する。画像は嫪毐が反乱軍を率いて国都咸陽の占領に向 かうシーン(写真提供・株式会社フォー カスピクチャーズ)

「この展示のテーマは、なぜ実際の人物に極めて近い陶俑が始皇帝の時代に現れたのかを、来場者に考えてもらおうというものです」と、鶴間さんは展示の見どころを語る。

 古代中国では、陶俑が故人の魂を吸い込むと信じられていたため、小さくて容姿に特徴がない陶俑が主流だった。よって写実的な兵馬俑は極めて特殊だ。兵馬俑の謎は、後世の私たちに限りない好奇心と空想の余地を与えてくれる。

 写実的な兵馬俑の制作の裏には天下統一のため参戦した兵士がいて、彼らも歴史の当事者だ。「陶工が自分にそっくりな陶俑を作るのを許した彼らの心情はいかばかりか。君主の副葬品となるのは名誉なことだったのか、それとも死んでもなお戦地に駆り立てられる恐怖だったのか。実際、咸陽市の付近では軍人の小墓も数多く発見されています。ここから私たちは、彼ら軍人にとって始皇帝はどのような人物だったのかを読み取ることができるでしょう」と鶴間さんは詩情をこめて語る。

 始皇帝の死後100年余り後に『史記』が書かれ、そこから現在に至るまで、人々は考古学的発見に基づき始皇帝のイメージを様々な形で絶えず探求し、その功績や人生に評価を下してきた。『始皇帝 天下統一』の制作と放映は、その最新の試みと言えよう。

 「このテレビドラマは始皇帝に正面から向き合っています。私はこれまでも始皇帝を描いた中国の映画やテレビを数多く見てきましたが、それは時に暗殺を恐れる人間であり、時に朝廷で力を振るう君主でした」と鶴間さん。「この対照的なイメージは、過去2000年に渡って築かれた始皇帝への評価の縮図です。漫画、テレビドラマ、映画などの文芸作品で、あるいは君主としての一面を描き、あるいは人間としての一面を描いているのは、時代ごとに始皇帝がどう見えているかを表していると思います。近年は、日本も中国も始皇帝の人間的側面に注目し始めているようですね」と分析する。

乱世の中生き残るために

 始皇帝の人間的魅力を描いた『キングダム』が人気を呼んだのは、時代の趨勢だったということだ。作者は始皇帝と大将軍李信が六国を征して天下統一を果たした偉業については触れず、普通の人としての側面に焦点を当て、戦乱の世に生きる少年贏政(始皇帝)と少年信(李信)の成長物語を描いている。残酷な戦争で行き場も親族も失った普通の少年が、生き残りをかけて次第に頭角を現し、歴史の舞台へと駆け上る。主人公の波乱に満ちた経験は、数多くの読者の共感を呼んだ。

 なぜ今の中国と日本で戦国時代末期と秦王朝への関心が高まり、歴史上の大人物の「普通の人」の一面に注目が集まるのだろうか。

第一の理由、何かと闘って成功を得たことへの共鳴だろう。「戦国末期から漢代初期は身分に関係なく、人々はある意味自由に発展できる時代でした。例えば李斯は下級官吏でしたが、その才能が始皇帝に買われて秦朝の丞相として重用されました。劉邦は一介の農民から漢の初代皇帝にまで上り詰めています」と鶴間さんは解説する。

「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」の京都展には多くの参観者が訪れた(写真提供・日中文化交流協会)

 しかしより重要なのは、時代の相似性だろう。戦国七雄による外交と戦争は、確かに2000年余り前の中国の大地で起こったことだが、現在起こっている世紀の大変化のもと繰り広げられる国々のパワーゲームや、瞬時に変わる世界情勢は、戦国時代とよく似ている。今を生きる普通の人々は、歴史上の人物の闘いの中に自らを見出したいと願い、その成功に憧れ、複雑な歴史の物語から目下の問題の答えを見つけたいと願っているのだろう。

 「歴史は実際に起ったドラマです」。鶴間さんは言う。「春秋戦国の乱世の中、人々は戦争、飢餓、災害など数え切れないほどの苦難のもとでも、生き残る方法を勇敢に、そして粘り強く見出し、時代を超えた知恵をも生み出しました。今を生きる人々は、漫画や展示、映画など様々な方法で2000年前の乱世を振り返り、彼らの人生に思いを馳せつつ古の知恵を今に活かし、生きていくための知恵を汲み取ることができるはずです」と、歴史に触れる意義を説いた。

                          出典元:「人民中国」2022年6月号,総828号

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